'''''五味由梨 制作の記録
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なみすけアプリと近況
なみすけが杉並区のゴミ出しの日を教えてくれる
「ごみ出し達人」というアプリが出来ました。
一部のイラストを新しく描きました。
東京の杉並にお住まいの方はよかったら試してみてください♪




近況: 会社で手がけた作品を、ニューヨークやロンドンの賞に出品する係をしました。
プレゼンボードや、解説の英文を新たに作ったので色々入選しますように!



近況: 東京は雪がすごいです。会社帰りの原宿周辺も吹雪いてました・・・。


早くあたたかくなるといいですねー。

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近況 : 夏の旅
会社に夏期休暇をいただいてアメリカのロサンゼルスに旅行してきました。肩こり解消してきました!
I have been to Los Angels during my summer holidays!












文房具屋さんの名刺がかわいかったです↑
(Photo/Sony DSC-RX100)

テーマパークの技術に感動したり、郊外のビーチのある街をうろうろしてリフレッシュして、あとゲッティセンターという高台にある美術館が良かったです。
海に向かう坂のある住宅街の雰囲気ががすてきな街でした。

© Yuri Gomi

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パリの色彩
This diary is about my memory of Paris. I visited there several times in last 3 years. I adore many painters and designers in France. I found color scheme in public area are well designed!
I like looking decorations for shop windows in Paris. Observing people in a cafe is my favourite time. They are very photogenic! To sum up, I like colours and friendly people in France!

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留学中のある初夏に、ミラノからロンドンに帰るために搭乗した格安航空会社の機上にて「左側に見えているのは、パリですよ」というフランクなアナウンスが流れました。 窓際の席から見下ろすと、一番明るいエッフェル塔を中心に、漆黒のなかでオレンジ色の灯りが宝石箱をひっくり返したように広がっていました。


まばゆさに息を詰めて、その灯りの一点一点の隙間をじいっと見ていると、パリの細い路地や窓の灯りのひとつひとつが思い描かれて、ここ数年で何度か訪れたパリを歩き回る自分のまぼろしが浮かんできます。



すこし前、パリはお洒落な大人たちがショッピングやカフェ巡りをする街だと思っていて、海や島に足が向きがちだったそのころの私にはまだ縁がありませんでした。きっかけが訪れたのは大学院生のとき、知人の展示を見るために、2ヶ月のアルバイト代で買えた航空券を持って、1週間の日本脱出を計って訪れた先がパリでした。


初めてひとりでヨーロッパに降り立って、シャルルドゴール空港から乗った夜の空港バスのなかでうとうとし、目を開けたらオペラ座のライトアップが視界いっぱいに飛び込んできました。映画のなかに入り込んでしまったような衝撃にまず慌て、夢と現実のあいだにいるような戸惑いがヨーロッパの第一印象でした。

その日に辿り着いた先はカラフルな内装のユースホステルで、そこで会った日本人のお姉さんがくれた地下鉄の地図のコピーは、私のポケットに収まってその後も幾度となくパリでの必需品になりました。

水色とベージュの淡い色相が広がるカラリとした石畳の路地、どんよりとした冬の暗い曇り空。あっさりとしている地下鉄の物乞い、妙な音を流し続ける演奏家。どの角にも溢れる喫茶店の椅子。古物屋には独特な色調のレトロな服や誰かの物語を引き継ぐ代物が溢れています。



(パリの朝のレストラン, 2011/中判)



(Paris, 2012/i phone)


(Paris, 2012/i phone)

4月のまだ肌寒い季節にパリに行ったときのこと。在住の友人のうしろについて、歴史的な建物のなかにあるスターバックスから出るときに、混み合ったお砂糖のカウンターのところに身を寄せ合って立っている品のある日本人らしき老夫婦が見えました。小柄なふたりは淡い色合いのスーツコートをまとって、夫人は紫色の帽子を白髪に、老紳士は洒落た柄のマフラーをまいて、可笑しいことをささやき合うように、楽しそうに紙カップのコーヒーををマドラーで混ぜていました。古いガラス越しにさしこむ自然光と、コーヒーの湯気で明るく霞んでいた2人の姿が、通りすがりに見かけた1秒か2秒のことだけれど、まぶたのうらに焼き付いて離れません。パリの光は、人々の営みを、まるで絵のように美しく包むことがあります。

 

マチスの自由で明るくのびのびとした色と形、モネのまぶしいような光の描写、ボナールにヴォイヤードなどのしっかりとした色彩感覚で画面を構成するナビ派、または森の風景を黄色みがかった青で包むバルビゾン派の画家たち。色彩に目を奪われる画家がフランスに多いのは、偶然ではないと信じています。
南フランスの蚤の市で見つけた古い絵本のページをめくったとき、あるいは鉄道のタリスの車掌さんのユニフォームを見て色合わせに感動したとき、街のポスターや店頭のディスプレイに目をひかれるとき、いちいちフランスの色彩感覚に刺激をうけます。

地下鉄がちょっとぐらい臭っても、スリの子が私のかばんに手を伸ばしていても、また新しい色を見て、色彩の引き出しをお裾分けしてもらいに行きたくなる街。

別の街について、パリの地下鉄に乗るたびに溜まっていた切符をポケットのなかに見つけたときに、今まで居た場所は夢じゃなかったんだなと、ようやく確信する、私にとって不思議な街です。


おまけ:私が思うパリの一番ぜいたくな過ごし方はルーブルでスケッチ。
サンジェルマンプレの文房具やさんで見つけたドローイングシャーペンで一発描きの30分です。比率が甘いのはご容赦を。。
(Paris, 2012/i phone)

© Yuri Gomi

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初めて行った街、タリン
I visited Tallinn from Helsinki. This is a diary of one day trip to Tallinn. I appreciate photographer Krista who showed me her town! I had good time there and thought their toughness on their history in Tallinn.

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かつてロシアの地方都市にカテゴライズされていたタリンは、北欧のヘルシンキから船で1時間半のひらかれた観光地になっています。

(Tallinn, Aug 2012/i phone)


大学院の友人がエストニア出身だったので、私タリンに行ってみると口走ったら、すかさず現地にいる彼女の友人を紹介してくれました。友人の友人クリスタさんは、普段は出版社で働いている一方で、日本にも招待作家として滞在し制作した経験をもつ女性若手写真家です。


ヘルシンキの観光案内所でもらったタリンの地図と、フィンランド在住の友人から借りたガイドブック、クリスタさんの会社の住所と携帯番号を頼りに、朝の高速船で海を渡り、タリンの城壁に囲まれた旧市街に辿り着きました。旧市街の入り口から近い彼女の会社を見つけてフロントから呼び出してもらうと、おおらかな雰囲気のクリスタさんが笑顔で向かえてくれて、早速オフィスでコーヒーを入れてくれました。


初めての国に緊張気味の私に、町の歴史こと、ギャラリーの場所、いいレストラン、展望台の場所などを教えてくれながら、中世からある建物を利用した出版社内を案内してくれました。城壁の一部である塔の内部は会社のミーティングスペースになっていて、白く塗られた丸い部屋のなかに本棚や椅子が寡黙に並んでいました。窓からはオレンジ色の町の屋根が並んでいるのや教会の塔が見えました。


彼女のアドバイスに沿ってひとりで町を歩いてみると、中世にドイツ人が建てたというだけあってドイツに似た街並ながら、ドアや壁の色合いに東欧の感性感じられ、それぞれのドアの前、路地の前に幾度となく立ち止まってしまいました。旧市街にはロシアの共産主義の建物や痕跡はあまり残っていませんでした。


(Tallinn, Aug 2012/i phone)


(Tallinn, Aug 2012/i phone)



クリスタさんの昼休みに再会して、トラムでKUMUという現代アートの美術館に向かいました。グラフィックの展示Tonis Vint氏の作品は、クリスタさん曰く1960年代のロシア制圧時の閉ざされた時代にこんなに自由で、また日本の影響を受けている作品をつくっていたことがすごい、とのこと。時代を感じさせないアートワークでした。もうひとつの展示’Speed of Darkness’も大掛かりな現代作品が多かったです。


帰りがけにドローイングの展示のオープニングレセプションに寄りました。1日観光できると言う程のちいさな首都だけれど、町のの随所でモダンなドローイングが発表されていました。私が美大生だから思うだけかもしれないけれど、中世から変わらないような歴史的な街並のなかでも、新しいアートの試みが行われていて、周りの人々から見守られていると、町が活き活きしているように見えます。


ロンドンに留学していたこともあるクリスタさんと、日本やイギリスの話、仕事のことや可愛いものや美味しいものの話をしながら町を歩いていると、東京やロンドンにいるような日常を感じられるのだけれど、それだけに彼らの歴史の「歌いながらの革命」をより重く感じます。


バルト3国は1990年代に激動の時代を迎えた国々で、リトアニアの広場に何万人もの人々が集まってロシア軍の動きに息をのんでいたのはそんなの昔のことではないのです。


(Tallinn, Aug 2012/i phone)


(Tallinn, Aug 2012/i phone)


いま古い建物をリノベーションして整頓されたオフィスで仕事をして、子供たちは壁のきれいな色の図書館から本を借りて、観光客が来て町が賑わっていて、美味しいチョコレートを食べられるカフェがあって、芸術の制作や発表をして暮らしている人たちがいて、という今が彼らに訪れて良かったなと、短い滞在ながら思わずにいられないほど明るい思い出だけを抱えて、終フェリーに乗りました。


夕焼けの海と遠ざかって行くタリンと大陸をみながら、浅い知識のなかでかろうじてそんなことを思いながら、オレンジ色の灯りがともるヘルシンキの港に戻りました。


© Yuri Gomi

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フィンランドの食器と湖

This is a diary of Helsinki trip on February and August 2012. I found people in Finland prefer to be quiet. It was totally quiet in an airport bus. It makes me comfortable in different way compare to another cities. 

When I visited Helsinki first time, city and sea were covered by snow. In second time, it was summer so I could visit forest with my friends live in Helsinki. I surprised children's hospitalities for tourists in there! In addition, I found a lot of good simple products especially tableware in city. It is easy to image many Japanese like to visit this country for shopping and relax. I will visit here again when I want to breath deeply.

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早朝の森で深呼吸したときのような静けさが、空港に降りたときから漂う国。

飛行機の乗り継ぎを兼ねて冬のフィンランドを訪れてから半年、イギリスの大学で修了制作の搬入でペンキを塗っていた服装のまま飛行機に駆け込み、夏のヘルシンキに友人を訪ねました。



(上2枚...Helsinki, Feb 2012/中判)

海外で暮らしていると半年はすぐに経つように感じるけれど、半年経っていると変わっていることも沢山あります。前回、歩いて渡れるほど凍っていた入り江は海になっていました。


(Helsinki, Aug 2012/i phone)


真冬に吹雪をしのいで入ったお店で、茶色のリュックサックを見つけた友人が「これ欲しいなぁ、彼に相談して買うか考えよう」と言っていたリュックは、再会した友人の背中にしっくり馴染んでいました。もうすぐ彼女の国籍が変わることになったのは、目には見えない変化ですが大きな変化です。


(Helsinki, Aug 2012/i phone)

アンティークの倉庫のようなお店でデッドストックのアラビア社のグラスは、たしかに数が少なくなっていたけれど、半年前に気になっていたものは、まだ残っていてくれました。前回と色違いの茶色を手に入れました。


歴代もののマリメッコ社の布に埋もれた売り場で、地味だけど存在感があって忘れられなかった布を今回こそ連れて帰ろうとレジに持って行ったら、

「これはいい布よ、有名なテキスタイルデザイナーの1950年代の作品なのよ」

オーナーが詳細をささやいてくれました。


薄暗い金属のアンティークのお店で前回と同じところに沈んでいた、ダックスフンド犬のような形のカトラリー置きは、型に流し込んで創ったに違いないけれど、ひとつひとつ違う表情をしている6匹でひとセットです。そういうのを一緒にじいっと見比べて、忙しいなか付き合ってくれた友人Eちゃんありがとう。


彼女の婚約者であるフィンランド人の方が、小さい頃から誕生日の度にイッタラのお皿を一枚ずつもらっていて、自分が一人暮らしをはじめるときにはセットが揃っていたという話を聞いて、洗練されたものを大切に使う彼らの習慣を身近に垣間みることができました。


フィンランドの、国としての歴史があたらしい土地の、素朴であたたかい価値観。そこから生まれる北欧のシンプルで実用的で、遊び心がある食器、家具にはデザインの大事なことが詰まっています。


(Helsinki, Feb 2012/中判)

(Helsinki, Aug 2012/i phone)

アラビア工場ではイッタラのアウトレットでちょっとだけ歪んだグラスコップをいくつか入手してきました。そのときに美大のフロアから乗ってきた留学生風の女の子に失礼にも同業の香りが嬉しくて話しかけたら、そのあと町で2回も会ってしまいました。そういえば数日前に買ったランチョンマットの色違いを買いに行ったら、店員さんが覚えていてくれるほどにちいさな町ヘルシンキ。

ここを舞台に、静かですこし可笑しな映画をつくろうと思った人たちの気持ちがちょっと分かる気がします。


ヌークシオの森という、名前からして幻想的な森へ友人に案内してもらいました。帰りにバスを待っている団体のフィンランド人の子供たちが、にぎやかだなと思っていたら、私たちを先にバスに乗せようとして ツーリストファースト!ツーリストファースト!と言い合っていたよ」とフィンランド人が教えてくれました。 なんという徹底されたホスピタリティ。




(Helsinki, Aug 2012/i phone)

霧がかった森で見た、対岸を鏡のようにうつす湖のような透明感に溢れた国。



(Oslo, Aug 2012/i phone)

学部生の頃、まだ英語が相当あぶなっかしいころに、クラスメイトと3人で一生懸命に飛行機を乗り換えたノルウェー・オスロの空港をなつかしく思いながらトランジットして、まだオリンピックパラリンピックの熱の冷めないロンドンに戻りました。

私にとってのヘルシンキは、こころが騒がしくなったときに静けさを取り戻すために訪ねたい場所のひとつです。

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ポルトガルのタイル
ロンドンの郊外から飛び立つときは、林や草原に埋もれるような、ゆがんだレンガの家々に見送られて、眠る間もない程の短いフライトのあとには、違う種類の家々が機上から見えてきます

初夏の週末にドーバー海峡をこえてリスボンの上空から見下ろすと、ヤシの木と、白壁にオレンジ色の屋根の家々が夕暮れを待っていました。

ポルトガルは、まわりの人たちから印象ばかりを聞いていてビジュアルのイメージがないままに出掛けた国でした。リスボンの街に着いてすぐに目を奪われたのは、壁を彩っている繊細なタイルでした。

それらは洗面所にあるようなツルっとした新しいタイルとは違って、海風にさらされたり、欠けたり、はがれたり、街の人々を見守ってきた歴史を感じさせる風格がにじみ出ていました。



少ない色数で豪華で繊細なパターンを形成する賢いグラフィックデザインで、食い入るように見てしまいます。

リスボンの中心地から東のほうに、国立のタイルの博物館があると知って、訪ねました。


↑修復中か仕分け中のタイル。
↓昔のリスボンがタイルに描かれた大きな色面。


(ここまでの写真/i phone)
↑博物館のカフェのタイルに描かれた絵も古いそう。

博物館では街の歴史の一部として溶け込んでいるタイルのルーツを見ることが出来ました。
15,16世紀頃にイスラム文化からポルトガルに伝わり「アズレージョ」という名で根を張って、オランダやスペインなどヨーロッパの色々な地域と影響しあいながら文化と技術が継承されて今に至るとそうです。確かにオランダのデルフト焼きや、スペイン南部で見かけたタイルに通じるものがあります。

ポルトガル人にとっては当たり前の装飾なのだと思うけれど、昔の生活を彩る装飾の工夫が、駅などの公共空間や教会の外壁など、人々がの生活に近いところで華やかに引き継がれていること。それを感じられたことが、ポルトガル週末旅行の収穫でした。

(Porto/中判)

(Lisbon/中判)

(Porto/中判)

(Porto/中判)

(Porto/中判)

リスボンの夜景と、ポルトの夜景は明るすぎない照明が、品があって、少しノスタルジックでした。
(Lisbon/中判)

(Porto/i phone)


© Yuri Gomi

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Londonのカウントダウン
ご無沙汰しております。

ご存知、ロンドンはついにオリンピック開会式の真っ最中です。
先日までの晴天はどこへやら、どんよりロンドンらしい天気になった今日のトラファルガースクウェアは、いつもよりちょっとそわそわとした人たちで賑わっていました。

(Trafalgar Square/Nikon D300s)


そうそう、先日、フラットの近所を聖火ランナーが通りました。
駅を出たら、人だかりに遭遇。ゆらりとオレンジの火が目の前を駆け抜けて行きました。ランナーは動画で撮ったので、待ってる人の写真を。

(Southern London/i phone)


もともと人種のるつぼの雰囲気の街が、さらに世界中の国旗で彩られ、にぎやいでおります。

(Regent Street/i phone)

(Buckingham Palace/Nikon D300s)

(Evening Standard/Nikon D300s)

トラファルガースクウェアのオリンピック閉幕までのカウントダウンの数字は、ついに33になりました。

私が大学を見学するために初めてイギリスに来たときからあって、そのころは600以上のナンバーが並んでいました。
当時はその数字がゼロになるまで滞在することになるとは思っていませんでしたが、大学院のコースを修了することに決めてからは、私のロンドン滞在の日数とほとんど同じ残り日数を示していくことに気づきました。

生まれ育った東京の喧噪をはなれて、経歴のバックグラウンドと距離を置いて、共通語も人種も違う環境に、個人という生身で暮らすこと。それが私には、自分の特性を知るために大事な時間で、このカウントダウンの数字が減って行くことが寂しかったのですが、最近はより専門のちからをつけるために、東京はとてもいい場所だということに気づいたので、フラットな気持ちで見守っています。


このたびイギリスの大学院は無事に修了できました。
MFA Photographyという学位をいただきました。
2年に渡る交換留学と留学を支えてくださった
家族、仕事関係の皆様、日本・イギリス・他の国々にいる友人たちに感謝。

© Yuri Gomi

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東ドイツの街を行く
ドイツと一言でいっても、
ヨーロッパの真ん中らへんにある大きな面積のなかで
ひとつひとつの街の雰囲気がおおきく違うと知ったのは、
この国を何度も、別々の機会で訪れてからでした。
それは東西分裂の歴史によってもたらされているのだと、
教科書でみたことが目の前の風景に繋がったのも、幾度かドイツを訪れる機会があったためです。

若者は母国語でないのに英語が上手で旅がしやすく、人々は日本のようにキッチリしっかりと信号を守り、国鉄のDBは新幹線のようにクリーンで快適、駅の表示版もしっかりしている経済大国だからこそ、記憶に新しいベルリンの壁の存在や、戦時中のおおきな政治の過ちとのギャップが気になるのかもしれません。

一方で、写真や現代アートの分野でもドイツの様々な地名を聞きます。
そこで、2011年の秋のある週末にドイツの気になる街をいくつか、ひとりで訪ねたときのことを書きます。

まず、写真史上でよく耳にするベッヒャー夫婦、またその教え子トーマスルフが教壇に立った、デュッセルドルフ美術アカデミー。
彼らの街と校舎外観を観にロンドンから格安チケットで飛びました。

値段のわりに住めそうなほど快適なシングルルームで休み、
晴れた翌日は地図を片手にたくさんの美術館を見て、夕方に見つけた大学の目の前には画材屋さんがありました。校舎はこじんまりとしていて、ぐるりと周りを歩くと、彫刻を彫る学生の姿やおおきなカバンをもって歩く学生など、どこの国でも似ている美大生たちを見かけました。

(デュッセルドルフの画材屋さんTube/iPhone)

(ライン川沿い/中判)

デュッセルドルフには日本人街があり、美味しいラーメンと抹茶アイスを食べて元気を充電。たくさん歩いてラーメン屋に辿り着いたものの、どっぷりと暗くなってしまったので、日本人の店員さんに近くに駅があるかと、どうやってホテルまで戻るのが安全か聞いてみたところ
「長い距離を歩いて帰るのは心配だから電車にのったほうがいい。でも中央駅は薬中のひととか居て治安がよくなくて、電車は1時間に1本くらいしかない。」
という八方ふさがりの情報をいただいたので、携帯のGPSを見ながら、中央駅と逆方向の大通りを真っ直ぐ歩いてホテルに帰りました。途中でイタリア人(最後にグラッチェと言われたので)女性旅行者に道を聞かれたくらいで、もちろん特にトラブルはありませんでした。
たまに、ヨーロッパをしゅっちゅう1人で旅行していて危なくないか?と日本の知人にご心配いただくこともあるのですが、むしろひとりだと住人か留学生に見えるようで、ここ数年のひとり旅中に大きな問題がおきたことはありません。
服装をヨーロッパの量販店で買ったものにする、とかカバンを持たないまたはエコバックのようなラフなものにするとか、見た目をまわりに溶け込ませるのも大事かもしれません。

あ、でもそういえば次の街ケルンでは深夜まで美術館がオープンしている日だったので、夜中に美術館を見ていたら、移民系の若者に何度も声をかけられて面倒だったので「君のことは知らないので話しかけてこないでくれるかな」と群衆の中で英語で大声で一喝したらついてこなくなりました。
堂々とした態度も大事かもしれません。
ちなみに私は恐いひとではありません。

さて、電車に乗って、次の街へ。ライン川沿いを行く鉄道は、流れる山々の風景の傍らにちいさな街や教会がたくさん見えて、飽きることのない眺め。

(車窓からのライン川/iPhone)

1930年代からのポートレートで有名な、敬愛する写真家アウグスト・ザンダーが様々な職業のドイツ人を撮りつづけていたのは東ドイツの街、ケルンです。
(ケルンの旧市街/iPhone)

宿泊は旧市街、せっかくなので川の見える部屋をリクエストしたら自然光のきれいな部屋!

(ケルンのホテルの窓辺/中判)

アウグストザンダーの写真を収蔵している新市街のなかにある文化施設に行ってみたのですが、ギャラリーでは別の企画展をやっていてザンダーのオリジナルプリントを見ることはできませんでした。
世界各地で展覧会をするときはこの建物から貸しているとのことで、ザンダーの写真たちと同じ建物にいるということを満喫して、企画展や併設の本屋を楽しんで、閉まったショッピングストリートを、ウィンドーショッピングをしながら旧市街に戻りました。

(ケルンの新市街/iPhone)

(ケルンの旧市街/iPhone)
ケルンは戦争で焼けて、ザンダーが撮影した路地のほとんどはなくなってしまったはずですが、もしかしたらこの旧市街の石畳のうえを彼が歩いていたかもしれません。

次に寄ったのはグーテンベルク博物館があるマインツ。
活版印刷はこの地で生まれ、聖書が量産されたことは歴史的に重要な出来事でした。
印刷が始まって開発されていったころの、厳かで華やかな書籍を見ることができて満足。


(グーテンベルク博物館地下の印刷機/iPhone)

そして制作で寄りたかったフランクフルトの植物園へ。
45年前にここで曾祖母が記念写真を撮っていたので、「LANDMARK」という自分のプロジェクトの写真を撮りに行きました。


フランクフルトの植物園/中判)

温室の中にいた高齢のガイドの方に昔の祖母の写真を見せると、目を細めて
「この建物はもうないんだよ、代わりにこの温室ができたんだよ。」
フランクフルト出身でジャーナリストをやっていたという品のいいガイドさんは、よろこんで一緒に写真に写ってくれました。

フランクフルトの植物園/中判)


フランクフルトの植物園/中判)

(フランクフルト/iPhone)
フランクフルトは近代的なビルも多く立ち並ぶ都市でしたが、街を歩いていて
ふと振り返ると、目をみはる宮殿のような建物も視界に入りました。

私が最初にひとりでヨーロッパにきて感銘をうけたのは、シャルルドゴール空港からのロワシーバスから見えたパリのオペラ座でしたが、そのようなヨーロッパの華麗な石造りの建物をドイツで見られるのは東側の街だけなのでしょうか、ベルリンでは旧共産主義の質素な建物が目立っていましたが、西の街はどうなのかな、南のほうのバイエルン州もミュンヘンは日本の京都的ポジションなだけにドイツの伝統が根付いているし。知識が浅くて恐縮です。
というわけで、街の空気を吸いながらのんびり眺めたドイツの、週末東側散策でした。

© Yuri Gomi

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北欧の切手と東欧の手帳
イギリスの大学がクリスマス休暇のあいだ、プラハから鉄道でひとりヨーロッパを北上しながら、ろいろな街で切手を買ってはハガキ出し、買っては出し、ということをしていました。
年賀状は、ちいさなころ、一番最初に向き合ったグラフィックデザインでした。周りのお世話になった人に書くギフトの意味合いもあり、日本ではいつも作っていたのですが、今年は宛先ごとに違うポストカードでした。住所録をうしなってしまった関係で出せた人は限られているのですが、無事に届いているといいなぁ。

切手:左と真ん中はたしかストックホルム、右はコペンハーゲンだったと思います。
(Stamps, Jan 2012/i phone)


(Prague, Dec 2011/中判)

(Prague, Dec 2011/中判)

(Dresden, Dec 2011/中判)

(Copenhagen, Jan 2012/中判)

(Copenhagen, Jan 2012/中判)

(Copenhagen, Jan 2012/中判)


北上旅行はプラハでハヴェル大統領の追悼儀式を拝見し、ドレスデンで世界最古のクリスマスマーケットを見て、ハンブルグでドイツ人の友人のご家庭でクリスマスの食事にまぜていただき、コペンハーゲンで新年の花火を見て、北欧デザインの宝庫ストックホルムを堪能してから飛行機でロンドンに戻りました。国が違うので土地名を並べると仰々しいですが、都市間は数千円の鉄道切符で移動できます。ハンブルグから乗った電車がそのままフェリーの倉庫に停車していて、外に出たら船だったときにはびっくりしました。

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ところで、多くのデザイナーの方々がされているように
私も小型のグラフィックを集める習性があり、チェコではこのような紙類を見つけてきました。


下の左2枚は、古い写真。ヨーロッパのいろいろな蚤の市で集められるこういった手札型の写真は、裏のグラフィックが繊細で美しいのです。
(でもなぜか表にしてこの写真を撮ってしまったので非公開...)

チェコのアンティーク屋さんには、パリやウィーンで見かけなかった、切手状のシールがたくさん貼られ約100年前の日付が記された手帳があり、気になって、使用感のあるものをこのほかにも数冊買ってきました。

大学が始まって再会したチェコ人の友人に早速見せて話を聞きました。私より少し年上の友人は、急に日本人から見せられた祖国の古い手帳にはじめは大笑いし、そのあとはじっと紙の向こうを見ながら話してくれました。
「これは、政府が企画したダンスパーティーへの招待状、この手帳は働くとシールを貼ってもらえて、それが貯まると休暇がとれるっていう台紙だよ。休暇っていってもね、毎年同じところに行くよう政府に決められてるの、同じメンバー、同じ湖。」
「パーティーには変な服を着ていくのよ、今度youtubeで見せてあげる!政治体制が変わったらすぐ無くなったわ。なんでそんなものがあったかって?そこに参加してるあいだは他のレクリエーションをできないでしょ」
同世代の友人の、社会主義の終焉に居合わせた言葉には重みがありました。

ハヴェル元大統領のことを市民がとても慕っている姿を見たと仲間内に発信していたら、国際情勢に詳しい日本の友人が社会主義に関する文庫を送ってくれたので、イギリスの電車で日本語の本を読んでいます。

(ハヴェル大統領の棺がプラハに到着した日のチェコの新聞)

グラフィックとして惹かれたものの背後にあるおおきな歴史。
世界中にそういう断片が溢れていると思うと目眩がしそうな、そんな年初めです。

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I explored Czech republic and Scandinavian cities in this winter. I put on some images of souvenirs and news paper with some stories in Japanese here.
I found old cards in Prague and I asked about them my friend from Czech republic . Then my interest in their history is increased!

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2012年
あけましておめでとうござます。

日本の’お正月’はいい文化ですね。
欧州の新年の迎え方、花火をうちあげて、お酒を飲んで、翌日は大掃除。
遠くにいても、日本の澄んだ元旦の空気を思い出しています。

 
(コペンハーゲンの霧/iPhone)

(コペンハーゲンの図書館/iPhone)

ドイツから鉄道で北上し、年末年始は北欧にいました。

コペンハーゲンで迎えた大晦日、お店や美術館はことごとく閉まっていたので、ひたすら北へ向かって湾岸を歩いていました。ふと見回したら、向こう岸も、軍艦も、煙をはく工場の煙突も、近くにあった教会も、あたりすべてが白く霞み、正午なのに傾いている太陽が、オレンジと青の淡い色調を生み出していました。言葉少なに歩いていた観光客たちも、立ち止まって目をこらし、ただ白い息を吐いていました。中判フィルムで、この景色を誰かに伝えようとしている私が時間を忘れたころ、みるみると霧が晴れていきました。ランニングをしている人たちに追い越されて、物語のような景色が夢じゃなかったことに気づく、そんな年の暮れでした。

本年は修了制作の年。見守ってくださる方々に感謝しながら、がんばります。
どうぞよろしくお願いいたします。

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Happy new year!
I enjoyed my christmas break in Czech Republic, Germany and Scandinavian cities. These photos are taken in Copenhagen, there were amazing mist when I was walking around a bey. 
I miss celebration of new years day by Japanese traditional way, it is very quiet. People go to shrines or stay with their families at home.
I have a final work at my university in this year, hope I will do my best.

© Yuri Gomi

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