東ドイツの街を行く
2012.05.07 Monday
ドイツと一言でいっても、
ヨーロッパの真ん中らへんにある大きな面積のなかで






(フランクフルトの植物園/中判)


ひとつひとつの街の雰囲気がおおきく違うと知ったのは、
この国を何度も、別々の機会で訪れてからでした。
それは東西分裂の歴史によってもたらされているのだと、
教科書でみたことが目の前の風景に繋がったのも、何度もドイツを訪れたためです。
若者は母国語でないのに英語が上手で旅がしやすく、人々は日本のようにキッチリしっかりと信号を守り、国鉄のDBは新幹線のようにクリーンで快適、駅の表示版もしっかりしている経済大国だからこそ、記憶に新しいベルリンの壁の存在や、戦時中のおおきな政治の過ちとのギャップが気になるのかもしれません。
一方で、写真や現代アートの分野でもドイツの様々な地名を聞きます。
そこで、2011年の秋のある週末にドイツの気になる街をいくつか、ひとりで訪ねたときのことを書きます。
まず、写真史上でよく耳にするベッヒャー夫婦、またその教え子トーマスルフが教壇に立った、デュッセルドルフ美術アカデミー。
彼らの街と校舎外観を観にロンドンから格安チケットで飛びました。
値段のわりに住めそうなほど快適なシングルルームで休み、
晴れた翌日は地図を片手にたくさんの美術館を見て、夕方に見つけた大学の目の前には画材屋さんがありました。校舎はこじんまりとしていて、ぐるりと周りを歩くと、彫刻を彫る学生の姿やおおきなカバンをもって歩く学生など、どこの国でも似ている美大生たちを見かけました。
(デュッセルドルフの画材屋さんTube/iPhone)

(ライン川沿い/中判)
デュッセルドルフには日本人街があり、美味しいラーメンと抹茶アイスを食べて元気を充電。たくさん歩いてラーメン屋に辿り着いたものの、どっぷりと暗くなってしまったので、日本人の店員さんに近くに駅があるかと、どうやってホテルまで戻るのが安全か聞いてみたところ
「長い距離を歩いて帰るのは心配だから電車にのったほうがいい。でも中央駅は薬中のひととか居て治安がよくなくて、電車は1時間に1本くらいしかない。」
という八方ふさがりの情報をいただいたので、携帯のGPSを見ながら、中央駅と逆方向の大通りを真っ直ぐ歩いてホテルに帰りました。途中でイタリア人(最後にグラッチェと言われたので)女性旅行者に道を聞かれたくらいで、もちろん特にトラブルはありませんでした。
たまに、ヨーロッパをしゅっちゅう1人で旅行していて危なくないか?と日本の知人に心配いただくのですが、むしろひとりだと留学生か在住者に見えるようで、今まで問題がおきたことはありません。
服装をヨーロッパの量販店で買ったものにする、とかカバンを持たないまたはエコバックのようなラフなものにするとか、見た目をまわりに溶け込ませるのも大事かもしれません。
あ、でもそういえば次の街ケルンでは深夜まで美術館がオープンしている日だったので、夜中に美術館を見ていたら、移民系の若者に何度も声をかけられて面倒だったので「君のことは知らないので話しかけてくるな」と群衆の中で英語で大声で一喝したらついてこなくなりました。
堂々とした態度も大事かもしれません。
ちなみに私は恐いひとではありません。
さて、電車に乗って、次の街へ。ライン川沿いを行く鉄道は、流れる山々の風景の傍らにちいさな街や教会がたくさん見えて、飽きることのない眺め。
(車窓からのライン川/iPhone)
1930年代からのポートレートで有名な、敬愛する写真家アウグスト・ザンダーが様々な職業のドイツ人を撮りつづけていたのは東ドイツの街、ケルンです。

(ケルンの旧市街/iPhone)
宿泊は旧市街、せっかくなので川の見える部屋をリクエストしたら自然光のきれいな部屋!

(ケルンのホテルの窓辺/中判)
アウグストザンダーの写真を収蔵している新市街のなかにある文化施設に行ってみたのですが、ギャラリーでは別の企画展をやっていてザンダーのオリジナルプリントを見ることはできませんでした。
世界各地で展覧会をするときはこの建物から貸しているとのことで、ザンダーの写真たちと同じ建物にいるということを満喫して、企画展や併設の本屋を楽しんで、閉まったショッピングストリートを、ウィンドーショッピングをしながら旧市街に戻りました。

(ケルンの新市街/iPhone)
(ケルンの旧市街/iPhone)
ケルンは戦争で焼けて、ザンダーが撮影した路地のほとんどはなくなってしまったはずですが、もしかしたらこの旧市街の石畳のうえを彼が歩いていたかもしれません。
次に寄ったのはグーテンベルク博物館があるマインツ。
活版印刷はこの地で生まれ、聖書が量産されたことは歴史的に重要な出来事でした。
印刷が始まって開発されていったころの、厳かで華やかな書籍を見ることができて満足。

(グーテンベルク博物館地下の印刷機/iPhone)
そして制作で寄りたかったフランクフルトの植物園へ。
45年前にここで曾祖母が記念写真を撮っていたので、「LANDMARK」という自分のプロジェクトの写真を撮りに行きました。

(フランクフルトの植物園/中判)
温室の中にいた高齢のガイドの方に昔の祖母の写真を見せると、目を細めて
「この建物はもうないんだよ、代わりにこの温室ができたんだよ。」
フランクフルト出身でジャーナリストをやっていたという品のいいガイドさんは、よろこんで一緒に写真に写ってくれました。

(フランクフルトの植物園/中判)

(フランクフルトの植物園/中判)
(フランクフルト/iPhone)
フランクフルトは近代的なビルも多く立ち並ぶ都市でしたが、街を歩いていて
ふと振り返ると、目をみはる宮殿のような建物も視界に入りました。
私が最初にひとりでヨーロッパにきて感銘をうけたのは、シャルルドゴール空港からのロワシーバスから見えたパリのオペラ座でしたが、そのようなヨーロッパの華麗な石造りの建物をドイツで見られるのは東側の街だけなのでしょうか、ベルリンでは旧共産主義の質素な建物が目立っていましたが、西の街はどうなのかな、南のほうのバイエルン州もミュンヘンは日本の京都的ポジションなだけにドイツの伝統が根付いているし。知識が浅くて恐縮です。
というわけで、街の空気を吸いながらのんびり眺めたドイツの、週末東側散策でした。
© Yuri Gomi
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